貧乏鍛冶と術しのびさんの気まぐれの記


信長の野望オンライン萌黄サーバー本願寺家でぼちぼちやってます。
by KAJIYAnoOSSAN
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門屋ツアーズ・壱

9月14日 午後三時

小田原の漫画喫茶を出立、ゆるりと熱海を経由して三島にむかわんとする、その際に、腹が減っていることを思い出す、そういえば、昨晩バスに乗ったときにパンを一切れ食ってからは、何も食っていなかった。とはいえ、夜は飲むゆえ腹いっぱいも避けておきたい、どうしたもんかと思案すると、目の前にカレー屋の看板。見るとテレビとかでも有名なところらしい、これも何かの縁であろうと店内に入る。

どんなに味のいい飯屋であろうが、常連客(とおぼしき人)とへらへら話をしているような飯屋で飯を食うのはわしゃ好かん、人間、こう思ってしまうとだめである。加えて肝心なことであるが、当方貧乏舌ゆえ、味の繊細さなどわかり申さぬ、そうなるとテレビで紹介された店だろうがなんだろうが、ボンカレーにツナ缶ひとつぶち込んだカレーの方がよほどおいしく感じてしまう摩訶不思議、ただ、不幸中の幸いであったのは、当方すきっ腹にて余程のもの以外は美味しいと感じれる、今の状態であったかもしれん。店を出て電車に乗り熱海で乗り換えて、三島到着。

三島駅にて、さて、ここで連絡をとるのも容易なれど、それもつまらんので、宿泊所探しもかねて散策してみることにする、道路わきに何気なく捨てられてるキャミソールにひどく違和感を覚えるも、ここでそのキャミソールの持ち主や、これがここに至った経緯などを妄想しても前に進まないのでとりあえず足は前に進ませながら、ぶらぶらと。少し歩いて、さて、これは車がなければどうにもならぬかのうと思い、カイエン殿に連絡を取る。

真中殿が迎えに来るゆえ、少し待機していてくれまいか、とはカイエン殿の弁、まあ、至極当たり前の話である、その際、カイエン殿より当方の風体を真中殿に伝えるゆえ教えられたしとのことなので、とりあえず坊主頭で不景気そうな面構えで煙草を咥えている、と事実をありにままに伝えておく。その際、こんなことするやつぁいねえだろうという演出も付け加えようと思い、最寄の百円商店にて爪切りを購入し、駅側交番前で煙草を吸いながら一人爪を切る男あり、とはいえそうそうすぐに来るものではないので、真中殿が当方を拾いに来た折には、すでに両の手の爪はきれいにつまれていた。

真中殿の車に便乗してカイエン殿の職場を訪ねることにする、無論、そこから眺める風景は見慣れているようで異質、どこにでもありそうな住宅街に道路、道路わきの店達であるが、どこにでもありそうであるがゆえに、住み慣れた町ではないなと実感する。そうこうするうちにカイエン殿の職場に着き、ちょうどよいタイミングでカイエン殿も仕事が終わったようで、さてどうするかととりあえずカイエン殿の車に乗り込み雑談となる。

本日は霧島殿も来る予定であったが、都合によりこれなくなったとのこと、彼が甘党であったかどうかは知る術はないが、日持ちを考えてとりあえず用意してい四国松山ぼっちゃん団子を渡せなかったことがとても残念にて候。同時候補としてタルトもあったのであるが、あれは新宿京王百貨店で買えるので今回は団子を選択させていただいた、ちなみに坊ちゃん団子は三色団子であり、三個であり、団子三兄弟であるが、あれなどよりも遥かに歴史が古いことをここで注釈しておく。

車で移動しながら雑談しながら車は駿河路を走ります、とはいえ当方には道の見当もつかずどこにむかっているのかもさっぱりわかりませんがの。とりあえず車は沼津港を目指し、周辺のお店をみておりますが、平日ど真ん中ゆえ定休日が多い模様、魚もうまいが、地元でアシタカ牛というものがあり、美味だということでそのお店へ、アシタカ牛のステーキ大変美味しくいただきました。カイエン殿は運転しているゆえ、真中殿は酒が苦手だということで、その場所で当方ジョッキ三杯美味しくのませていただきました、今回、来客ということで食事代も出していただき、感謝感謝でございます。

食事を美味しくいただいた後、とりあえず宿の手配するべと三島駅へ、近くのビジネスホテルを確保して、とりあえず宿の問題解消。その後、少し移動してカイエン殿のよく行くというお店に行き、ここでもお酒をいただきながら雑談、開幕、真中殿が「ああ、じゃあカイエンさんと同じで」といい、店の人間を煙に巻くというパフォーマンスから始まり、都合5時間ほどいただろうか、残念なことに、当方も途中からゆっくりと意識がなくなっていったので、会話の詳細などは記憶不明瞭である、まことに申し訳ない話であるが、そんななか、門屋脳洞窟にしばし篭り、拾い集めた記憶の断片を羅列しておく。

カイエン殿は酒が強い、半端なく強い

真中殿は酒が弱い、これは体質的にどうしようもない

にもかかわらずジンを注文していた

なおかつ、真中殿は腰が低い

盆暗鍛冶屋は居直っていた

やばいのは会話の仔細があまり思い出せぬことであろうか、まあ、楽しい席であったことは間違いないゆえ、問題なかろう、その後、宿泊先まで送っていただき、そこでカイエン殿、真中殿と別れ、ホテルの一室でシャワーを浴びた後、有料放送つけっぱなしで泥のように眠った。カイエン殿真中殿、ありがとう、ではまた、戦国の世でお会いしましょう。

目が覚める、有料放送はつけっぱなしである、もはやどうでもいいのであるが、その後、やや二日酔いに傾いた頭に喝をいれながら、ホテルを出立、駅はすぐ近くゆえ、すぐに三島駅、関西人として朝読む新聞はデイリースポーツ、つつがなく小田原に到着、そういえば素泊まりゆえ朝食をいただいておらなんだ、見ると駅構内にうどん屋がある、軽く済ますにはもってこいだのうと思いつつ、暖簾をくぐる。

雑事であるが、関東のうどんはだしが黒いと聞いた。昔関東に2年ほど住んでたことがあるが、この一点を確認していなかったと思いつつ、きつねうどんを注文、確かにだしは黒かったが、想像以上ではなかった、かといって味も特に濃いというわけではなかった。ただひとつ残念なのは、これをうどんだと思って食っている人間がこの世にいることであろうか。もしここが神奈川小田原ではなく、愛媛松山であれば、当方、まっすぐにいきつけのうどん屋にいき、ぶっかけの冷を注文したことであろう。まあ、安さと手軽さが売りのこの立地のうどん屋に、味を求めるほうが酷かもしれない、うどんというよりは、なんというか、はぁ。

そして、小田原ではやることがある、小田原城見学である、戦国スキーであり城スキーである当方としては、ぜひ見学しておきたいところであろう、戦国期に作られた堅固の城砦の面影を拝見しに、つらつらと小田原城へと足を進める。

中に入り、歩いていると象がいておどろいた、孔雀やフラミンゴもいて、驚いた。私の住む愛媛松山も、昔湯月城跡の敷地を利用して動物園があったが(現在は移動)城の敷地は動物を飼うのに向いているのであろうか?一人思案にくれる。そして、小田原の城を歩くとき、外は小雨であった、雨男である俺の旅には、やはり雨が欠かせない。

当然ながら今は昔と比べ人が多いし、小田原城は駅からも近く交通の便も良いので、観光客も多く、悲しいかな観光客を意識した城になっている。これが姫路城のような豪壮さを残しておればまだよいのだが、残念ながら関東大震災等で崩れておったゆえ、現在の天守閣は復元ものである。まあこれは当方の私見ゆえ、気にしないでいただきたい。今まで見た中で一番よかった城は?ときかれると迷うことなく信濃海津城跡と答えるような男であるゆえ。見せるための管理を特に施されず、吹きさらしのような趣で、ただ、石垣をそこに残す、されど、その石垣からおそらく戦場を一望できる立地は、やはり戦国の城であり、その趣を感じれるあの城が、当方は一番好きである。

小田原城を辞した後、ふらふらと散歩しながら昨日と同じ漫画喫茶に立ち寄りこうして更新しておるしだい、今宵は東京の友人を訪ねるゆえ、仮想戦国の友人諸氏と飲むことはないのだが、明日は無明院殿がこちら方面にいるらしく飲むことにいたそう、今宵にでも、文をしたためておくか、とりあえず新宿周辺で。もし希望する御仁おられましたら

odahei@mail.goo.ne.jp

まで、携帯メールアドレスを書いて送っていただけるとありがたい、なに、粗野で粗忽な当方であるが、とって食いまではいたしませぬのでな。

by kajiyanoossan | 2005-09-15 14:46 | 信長オンライン
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